■赤福、営業停止。「もったいないオバケ」が生きづらい世の中を嘆く。
『赤福』は、おいしい。
■「安全、安心」を脅かす行為は言語道断だ。
けれど、こと食品に関しては、少し微妙な感覚を覚えるのだ。
製造年月日ではなく、賞味期限で表示することが義務付けられたのは、いつ頃だっただろうか。
■例えば、製造年月日から一週間経ったヨーグルト。ふたを開けてみて、「うわずみ」と「ヨーグルト」の分離具合とか異様な酸っぱい匂いがしないかとかで、食える食えないを判断していたような覚えがあるが、どうだろう。
もちろん、「要冷蔵、品質保証 1週間」とかの目安も参考にはしていたが、どちらかというと「自分の感覚」に頼った部分が多かった気がするのだ。
■けれど、「賞味期限」で「いつ迄」と書かれてしまうと、それに逆らうのも何だな・・・、という気になって、まだ食えそうだけど、と思いつつ捨ててしまう。
すでに「判断されている」ものについて再評価するのは疲れるものである。
そしていつしか、「食えるもの、食ってはいけないもの」の判断を自分ですることが出来なくなり、「賞味期限」だけで判断する思考停止状態に陥ってしまうのではないかと心配になるのだ。
■今回「赤福」がやったことは、もちろんルール違反である。営業停止も当然だ。
だが、「これは、まだ食べられるよな・・・。」という在庫の山をみて、「もったいないから使っちゃえ!」という気持ちも分からないでもない。
その感覚は、「ごはんを粗末にすると『もったいないオバケ』が出るぞ~」、という日本人としての極めてまっとうな道徳観に基づくものだと思うからだ。
■ルールは必要だし、ルールは守らなければならない。
けれど、なんでもかんでもルールと管理でがんじがらめ、という方向に世の中が流れていくとしたら、その「流れ」の方がよっぽど怖い。
単純に「息苦しい」、というのもあるが、それ以上に、我々消費者自身も含めて、【これは食えるのか?】という生き物にとっての根本的な能力・判断力が奪われつつあるのではないか。
そんな気がするのだ。
<2007.10.22 記>
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コメント
我が家は、体育会系食べ盛りを抱えている為スーパーなどの
賞味期限ギリギリのお値打ち価格品には良くお世話になっています。(パン等の詰め合わせや、乳製品がセットになってサービス価格になってるものです。)
売れ残りのイメージがあるから(?)名産品などはそういった販売は行っていないのでしょうか?
投稿: 臨床検査技師 | 2007年10月23日 (火) 18時30分
うーん、
サービス価格の名産品ってのも微妙ですね・・・。
投稿: 電気ひつじ | 2007年10月23日 (火) 21時16分
はじめまして。
↑まったく同感です~
「まだ食べられるのに捨てる」という行為に罪悪感を感じない人が、世の中にこれだけ多いということに驚き、そしてまるで毒物混入でもしたかのような報道ぶりにも、少々違和感を憶えます。
わたしは食品によっては印字されている賞味期限日を1ヶ月以上すぎてから食べます。
理由は、発酵や熟成が進んでおいしくなるから。ヨーグルトも含みます。 笑
賞味期限表示って、つくづく非科学的。すべて製造年月日表示に戻すべきだと思いますね
投稿: ぐうびるこ | 2007年10月24日 (水) 15時23分
ぐうびるこさん、コメントありがとうございます。
共感してもらえてとても嬉しいです。
かなり前の話ですが、「賞味期限を1日過ぎたケチャップをお客様に出してしまいました。」というディズニーランドの謝罪記事を見たことがあります。何だかバカにされたような気分になりました。
・・・変な風潮ですね、まったく。
投稿: 電気ひつじ | 2007年10月24日 (水) 19時03分
コメントありがとうございました。
賞味期限の偽装問題について、同じ様な思いの方はいないかな?と検索してことろ、貴ブログに辿り着き先日TBさせていただいた次第です。
期限切れでポイ捨てする前に、匂ってみて、ちょっと口に入れてみて、いけそうだったら食べてみて。
ですよね。
投稿: takefunky | 2007年11月 2日 (金) 12時44分
↑全くです。
投稿: 電気羊 | 2007年11月 2日 (金) 19時58分