■黒澤明ドラマスペシャル 『生きる』。「映画」と、「ホームドラマ」と。
さて、困った。
率直に言えば、このドラマをどう捉えればいいのか。非常に複雑な気分なのである。
黒澤明ドラマスペシャル 『生きる』(2007年9月9日放映、テレビ朝日)
■脚色は、『傷だらけの天使(おっ!)』(1974)、NHK大河ドラマ『黄金の日日
(おおっ!!)』(1978)、映画『異人たちとの夏
』(1988)、『黄色い涙
』(2007)など、さまざまな名作の脚本を手がけている 市川森一さん。
■演出は、数多くの社会派ドラマや恋愛ドラマに関わり、テレビ朝日に移籍以降、『黒革の手帖』(2004),『氷点
』(2006)など大作を手がけている、藤田明二さん。
■主演は、ミュージカル『王様と私』、『ラ・マンチャの男』。TVドラマでは『王様のレストラン』など、押しも押されもせぬ大俳優、九代目 松本幸四郎さん。
非常に畏れ多い布陣である。
私などよりも、ずっと、ずっと、黒澤監督の『生きる』を愛して止まない方々に違いないのだ。
だから、場面、場面を切り取って、「このシーンは、『本編』の良さをないがしろにしている」等とは、小生、口が裂けても言えないのである。
CMが入るTVドラマの制約の中で、『本編』の緊迫感を維持することは困難。いや、『本編』をコピーしたところで、それでは新しくドラマを作る「意味」が無い。
市川森一さんも、藤田明二さんも、松本幸四郎さんも、非常に苦悩されたことと思う。
■シナリオは現代風にアレンジされている。「変えない」ところは「一字一句」そのままだし、「変える」ところは、思い切って変えている。
中でもポイントは、渡辺勘治(松本幸四郎)を夜の世界へ誘う「メフィストフェレス」役のクルマ売りの男(北村一輝)だ。
『本編』のメフィストフェレスは、渡辺勘治の抱える「苦悩」に興味を持った小説家であった。そして、夜の世界を彷徨の末、その「苦悩」のあまりの深さに愕然とする。そういう役回りであった。
今回のドラマでは、渡辺勘治に興味を持つ理由付けを「死んだ親父の面影」に置く。
「哲学的興味」が行動の理由付けに成り得た戦後の時代と、「他人に対する興味」をすっかり喪失してしまった平成という時代の違いが、その「変更」に現れている。
それは、「我々に残された唯一の絆は『家族』なのだ」、という市川森一さんの強いメッセージだと受け取めた。
ラストで、父親の鞄から「モルヒネ」を見つけて泣き崩れる光男(東根作寿英)。そこにドラマ前半での「光男、光男、光男・・・」という渡辺勘治のつぶやきが思い出されて、心にしみる。
「テーマ曲」の美しい旋律を、何度も何度も、繰り返し使った効果が、ここに結実する。
■役者としては、光男の妻を演じた畑野ひろ子が光っていた。前半の「憎たらしい妻」の演技は最高だった。
あとは、映画『ゆれる』(2006年度、邦画ベストワン)で、性質の悪い検事役を演じた木村祐一。今回は、通夜の席で助役(岸部一徳)に絡むチンピラ記者の役どころ。「生理的に嫌な感じのする男」をやらせたら、まず右に出るものはいないだろう。
他は、さすがに『本編』と比べてしまうと分が悪い。いけないと思いつつ、どうしても比べてしまうのである。
「小田切サチ」を演じた深田恭子も、「小原」を演じた渡辺いっけいにしても、それなりに楽しめたのだが、相手が『天然のインパクト』を備えた小田切とよ、左卜全では、勝ち目は無い。
まして、志村喬の強烈な『インパクト』には・・・。
■そうか。
黒澤監督の『本編』が、見るものに力強いインパクトを与えて日常性を破壊する「映画」そのものであったのに対し、今回のドラマは、「日常」に隠された奥深さを、じみじみと優しく語り掛ける「ホームドラマ」であったのかもしれない。
だからこそ、『本編』が持つ「迫力」を抑え、「迫力の無い脚本」、「迫力の無い演出」、「迫力の無い演技」を敢えて狙ったのだ。
それが、市川森一さん、藤田明二さん、松本幸四郎さんの出した答えだった。
と思うのだが、如何なものであろうか。
<2007.09.10 記>
■映画 『生きる』
黒澤 明 監督 1952年作品
<Amazon評価> ★★★★☆(レヴュー数 54件)
■『映画』とは何か、ということを思い起こさせてくれる作品。
少し値段は高かったけれど、ブックレットにそれだけの価値があり
後悔はしていません。
■DVD『生きる』<普及版>
■2007年12月7日発売、予約受付中。
今なら25%オフだそうです。
■関連記事■
■映画 『生きる』。「無音」の迫力。「映画」とは「体験」なのだ。
■スタッフ■
原作:黒澤明監督作品 『生きる』
脚色:市川森一 (書籍) (DVD)
演出:藤田明二
音楽:渡辺雄一
製作:テレビ朝日(2007年9月9日放映)
■キャスト■
渡辺勘治 ・・・松本幸四郎
勘治の息子、光男 ・・・東根作寿英
光男の妻 ・・・畑野ひろ子
***********
小田切サチ ・・・深田恭子
クルマ売りの男 ・・・北村一輝
***********
助役 ・・・岸部一徳
大野係長 ・・・小野武彦
斉藤 ・・・山田明郷
坂井 ・・・西村雅彦
小原 ・・・渡辺いっけい
木村 ・・・ユースケ・サンタマリア
■番組HP■
http://www.tv-asahi.co.jp/ikiru/
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コメント
こんばんは。
時代設定も違いましたし、やはり私も「これはこれ・・」という感じで見終わりました。電気羊さんの解説にはただ々うなずくばかりです。
実は今、身近に闘病中の知人がいたり、昨年30代の友人を癌でなくしたりという経験から、ここしばらくの間、この手の番組等を
観られない状態でした。(医療関係の職にありながら、いざとなると、とても気弱で我ながらトホホ・・です。)でもこれを機会に、心のリハビリを兼ねて良い作品は受け入れていきたいなぁと思っています。
ブログにてご紹介下さりありがとうございました^^
PS・ただ木村祐一さんのイメージは、私のなかでは「すべらないはなし」の「キムにい」なんです・・・^^;
投稿: 臨床検査技師 | 2007年9月11日 (火) 19時49分
悲しいドラマを身体が受け付けない時期が私にもありました。そういう時はジタバタしてもどうしようもないのですよね・・・。
追伸)木村祐一さんの件、ファンの方は気分悪かったですね。ゴメンナサイ。
投稿: 電気羊 | 2007年9月12日 (水) 21時19分
電気羊さん、たびたびすみません。
「キムにいさん」こういう側面もあるんだなって思っただけですので・・悪意なんてぜんぜん感じておりませんです^^まぎらわしいコメント
こちらこそゴメンナサイ。
オダジョーのファンとしては観そびれている「ゆれる」もぜひ観たいとあらためて思ったしだいです。
投稿: 臨床検査技師 | 2007年9月12日 (水) 22時32分
「ゆれる」いいですよ。明るい映画ではないですが、ラストは好きです。
投稿: 電気羊 | 2007年9月13日 (木) 08時24分