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2007年9月 8日 (土)

■映画 『生きる』。「無音」の迫力。「映画」とは「体験」なのだ。

♪ いのち短し、恋せよ乙女

  赤きくちびる あせぬ間に (『ゴンドラの唄』)

●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
古今東西なんでもあり、気楽でささやかな名画座をめざします。
ゆっくりUPしていくつもりなので、ひとつ長~い目で見てやってください。

No.05  『 生きる 』
          監督:黒澤 明 
     公開:1952年(昭和27年)10月 (再公開:1974年8月)

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■『生きる』を再ドラマ化したもの(主演:松本幸四郎、脚色:市川森一、演出:藤田明二)をテレ朝で放映すると聞いて、無性に本編が見たくなった。

十数年ぶりに見たのだけれど、「『映画』とは『体験』なのだ」と改めて思い起こさせてくれた。

これが「映画」なのだ。

■DVD 『生きる』 黒澤 明 監督 1952年作品
<Amazon評価> ★★★★☆(レヴュー数 54件)

■ストーリー■

これは、余命75日を宣告された男の物語である。

この男は20年ほど前から死んでしまっている。役所の無意味な忙しさの中で人生をすり減らしてしまったのだ。

だが自分が末期の胃がんであることを知り、今まで自分が「生きて」いなかったこと初めて気付く。このままでは死に切れない。私はまだ何もしていない。

ファウストを誘うメフィストフェレスのごとく、男に「遊び」を教える小説家。「天使」のように明るく、活気に溢れた若い女。自分のことしか考える余裕の無い一人息子。

求めども、求めども、限られた命の置き場は見つからない。

そうして必死に求めた末、男はついにその答えにたどりつく。

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■この作品の詳細を見る■

■以下、ネタバレあり、注意方。■

■オープニングの場面。うず高く積まれた書類に囲まれた課長席に座る、パッとしない初老の男を映しながら、ベタなナレーションが物語を説明しはじめる。

あれ、「語らずして、語る」のが定石ではないのかと、違和感を覚えた。

そのあとの病院のシーンでも、役者は次々と「説明的」なセリフを繰り出してくる。

そして次第に気が付いてきた。

「語り」や「セリフ」など、どうでもいい。画面に映る役者の仕草や表情、目線。そこが大切なのだ。

頭は「語り」や「セリフ」を追うのだけれど、心は役者を「見て」、「感じて」いるのだ。

■病院から亡霊のように、とぼとぼと出てくる志村喬。道路に出てダンプがすれ違う瞬間、街の騒音が渦を巻いて流れ出し、驚く。

そのとき初めて、観客は今までのシーンが「無音」であったことに気付く。観客は志村喬と同じ「体験」をしているのだ。

ダンス・ホールで「ゴンドラの唄」を歌う志村喬の悲壮な歌声。

必死で「何か」を見出そうと、何一つ逃すまいと見つめる、ヌラリと黒く淀んだ志村喬の眼の怖いほどの「迫力」。

喫茶店で、どんなに「生き」ようと思っても、もう時間切れなのだ、と気付いた時の志村喬と「とよ」の沈黙。その緊迫感。その緊迫感と対比的に流れる楽しげな音楽。

「いや、遅くはない!」と、「生きる」ことに希望を見出し、喫茶店吹き抜けの階段を駆け下りる志村喬の後ろから追いかけてくる女子学生たちの「ハッピーバースデー、トゥー、ユー」。それと入れ違いに階段を駆け上がる、若く希望に満ちた女学生。

それらのシーンは、我々のアタマではなく、五感に、心に、直接突き刺さってくるのだ。

それを確信犯的に、技法として緻密に組み上げられているところが、黒澤明監督の巨匠たる所以なのである。

■後半、映画は渡辺勘治の葬式の場面に切り替わる。

故人を悼む宴席でかわされる会話と、それぞれの断片的な回想シーンで、渡辺課長の「その後」が語られる。

この変則的な展開においても黒澤明監督の手綱は緩まない。無駄な音楽は一切が切り捨てられ、役者の所作、表情、生活音といった「実際に感じるもの」に重点が置かれる。

その「断片的体験」が、こころを揺さぶるのである。

■「いのち短し 恋せよ乙女」。

この映画をもって、「限られた人生を本当に『生きる』ことの大切さ」を諭している。という見方もあるが、私が感じるのは、少し違うところにある。

山のような書類に煽られるように働く毎日。それが何か「自分らしい」、「意味のある」ものを生み出しているのだろうか。

と、問うことは良い。

けれど、誰もがいつも「自己実現」できるなどということは、一部の恵まれた人を除いて、現実的ではない。

つまらなくとも、その意味に疑問を抱きつつも、それを押し殺して働くときの方が圧倒的に多いのが実際なのだ。

だからこそ、実現することの極めて少ない「夢」だからこそ、この『映画』を『体験』することが我々のこころを癒してくれるのだ。

そして、きっと明日も今日と変わらない一日に違いないのだけれど、山のような仕事に追われて、それでも、そこに渡辺勘治が気付いたのと同じ性質の「ささやかな光」を感じる『一瞬』がある。

その『一瞬の光』は、すぐに「日常」に押しつぶされて消えてしまう弱々しいものだけれど、それを大切に、いとおしむことが『生きていこう』という希望につながるのだ、としみじみ思う。

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                         <2007.09.07 記>      

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■DVD 『生きる』
黒澤 明 監督 1952年作品
<Amazon評価> ★★★★☆(レヴュー数 54件)
■このシリーズは、ちょっと高いですが付属のブックレットの内容が良く(しかも簡潔)、買って後悔はしていません。そこに収録されている宮崎駿さんの文章にとても共感。映画評論で感動したのは初めてでした。

■DVD『生きる』<普及版>
■2007年12月7日発売、予約受付中。
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■DVD 『七人の侍』
黒澤 明 監督 1952年作品
<Amazon評価> ★★★★★(レヴュー数 97件)
■黒澤明監督の代表作といえば、『生きる』と『七人の侍』。高校時代に池袋の文芸座で吸い込まれるようにして見ていた記憶があります。久しぶりにこっちも見てみようか・・・。

■DVD 『七人の侍』<普及版>
■2007年11月9日発売、予約受付中。
今なら25%オフ。
      

■スタッフ■
企画 : 本田壮二郎
監督 : 黒澤 明
脚本 : 黒澤 明、橋本 忍、小国英雄

(小国英雄氏はシナリオを客観的に評価する立場であった。)
撮影 : 中井朝一
照明 : 森  茂
美術 : 松山 崇
音楽 : 早坂文雄

■キャスト■
渡辺勘治  ・・・ 志村 喬
小田切とよ ・・・ 小田切みき(新人)
小説家    ・・・  伊藤雄之助
勘治の息子 ・・・ 金子信夫
左卜全、浦辺粂子、菅井きん、宮口精二、木村功、千秋実、他
    

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コメント

 いよいよ今夜ドラマ編の放送ですね。
本編は志村喬さんが亡くなられた時に追悼でTV放映された(?)のを観た記憶があります。

「一瞬の光」を大切に、いとおしむ・・・
とても心にしみるフレーズですね。人生折り返し地点を過ぎ早?年、普通に明日が来る事は奇跡なんだと実感する、今日この頃です。

投稿: 臨床検査技師 | 2007年9月 9日 (日) 13時23分

初めの方だけ見ました。
映画の残すべきところは残して、変えるところは思い切って変えるというメリハリが利いていて、良さげな感じ。
後でゆっくり見ようかと思ってます。

投稿: 電気羊 | 2007年9月 9日 (日) 22時20分

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受信: 2007年9月 9日 (日) 07時27分

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