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2007年6月16日 (土)

■『モネ 大回顧展』 97点の作品で浮かび上がるモネの生涯。 

六本木の国立新美術館に「大回顧展 モネ」を見に行った。

Ds___2007_06_11 モネ展は、激混みらしいと聞いていたので、覚悟をしていたのだが、平日の昼下がりという時間帯がラッキーだったのか、あまり混雑はなく、比較的ゆっくり眺めることができた。おかげで、100点近いモネの作品に囲まれた幸せなひと時を過ごすことができた。500円を奮発して小泉今日子の音声ガイドを借りたのも吉。鑑賞の糸口を与えられて、より深くモネを味わえたと思う。

展示方法は、5章からなるテーマ毎に大きく分けて、さらに5点~10点のサブカテゴリーに分け、合間にモネから影響を受けた近代画家の作品を差し込むという形式。

内容的には分かるのだけれども、作品の時系列がバラバラで少し戸惑いを覚えた。「『日傘の女性』は1886年の作だから、1840を引いてぇ~、あー46歳の頃の作品なんだ。で、こっちのアンニュイな『菫の花束を持つカミーユ・モネ』は1876年だから・・・」という具合。

それでは、数多くの作品の中から何点か『印象』に残った作品について感じたことを記していこう。

Ds__1858
■『ルエルの眺め』1858年(18歳)

その緻密さに驚いた。やっぱり才能のある人は優れた技術を若いうちから手にしているのだなと感心してしまった。
絵全体に若々しい力があふれていて爽やか。ゆったりと流れる小川に映る空や木立が情感に訴えてくるあたりに「モネ」らしさを感じた。

Ds__1868_69
■『かささぎ』1868-69年(28-29歳)

どうやったらこんな質感をだせるのだろうか・・・。ああ、コトバは無力だ。モネが感動した白い風景「そのもの」が目の前にある。
今回で一番こころを揺さぶられた作品。

Ds__1872  
■『アルジャントゥイユのレガッタ』1872頃(32歳頃)

あたたかさを感じる、好きな作品のひとつ。
「修・破・離」でいうと「破」の時代に当たるのだろう、今回の作品群の中で、荒っぽさがひと際目立っていた。
『印象、日の出』もこの頃。

Ds__1875
■『庭のカミーユ・モネと子供』1875年(35歳)

家族と過ごす午後のひととき。
この、あたたかさ、やわらかさ。
息子へのいとおしさが、こころに沁みる。
 

Ds__1877
■『サン=ラザール駅』1877年(37歳)

「モネは、運転手に頼んで、いつもより余計に蒸気を出してもらった。」という小泉今日子の解説に思わず笑ってしまった。ものは試し、思い切って頼んでみるものである。
というより、モネの「蒸気」への情熱の強さと捉えるべきなのか。

Ds_1878_1878_1
■『モントルグイユ街、1878年パリ万博の祝祭』1878年(38歳)

「わー」という歓声が聞こえてくる。
旗がばたばたとはためき、
人波はざわざわと騒がしい。
その迫力に圧され、しばし見惚れた。

Ds__1886
■『日傘の女性』1886年(46歳)

日傘が作る影で女性が微笑みかけている。
何故、微笑んでいると感じるのだろうか、こんなにぼんやりと描かれているのに。

Ds__1900
■『ジヴェルニーのモネの家、アイリス』1900年(60歳)

素直に「美しい」と感じた。まぶしい光が当たっている部分が際立つ。出口の売店で複製画を探したが、どれ一つとして、この美しさを再現しているものは無かった。

Ds__1907
■『睡蓮』1907年(67歳)

画面に収まりきらない奥行きと広がりに、
ため息をついた。
   

Ds__1908
■『大運河、ヴェネツィア』1908年(68歳)

Ds__1908_1
■『黄昏、ヴェネツィア』1908年(68歳)

ヴェネツィアから2点。
上の作品は、いかにもモネなのだけれど、
下の作品は何だ。モネが猛烈に感動しているのが伝わってくる。
近くに寄ってみると、夕焼けが撥ねて踊っていた。

 
■空白の時代。
1911年 後妻アリス死去

1914年 長男ジャン死去
      白内障宣告


 

 

Ds___1899
【参考】『白い睡蓮』1899年(59歳)

Ds__1918_24
■『日本風太鼓橋』1918-24年(78-84歳)

この時期、モネは白内障にかかり、視覚に障害を抱えていた、という解説。画面からは最早、何も伝わってこなかった。
感じたのは、哀れみ・・・。

だが、一通り作品を鑑賞し終えて、さて、気になった作品をもう一度眺めようと、足早に会場を逆走しかけたその時、この作品がちらりと目にとまり、その場に立ち尽くしてしまった。

そこには鮮やかな「モネの庭」が、強く浮かび上がっていた。

哀れみなんてとんでもない。
「視覚障害」という偏見に目がくもり、
カンバスに載せられた色の配列しか見えていなかった。

光を奪われようとも、
モネの心は決して衰えてなどいなかったのだ。

  

■クロード・モネ没 1926年(86歳)

 

■参考図書■
『モネ 名画に隠れた謎を解く!』
Photo_103

 
■国立新美術館
Ds_1
●設計:黒川紀章 2006年5月完成
今回、初めて訪れたのだけれども
この美術館自体もかなりインパクトがあった。
稿を改めて記そうと思う。

                          <2007.06.14 記>

    

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コメント

こんばんは。レンです。
モネの絵はいいですよね。僕はあまり美術館に足を運ばない人間なので、モネの絵に生で接する機会というのは中々得られなかったのですが。
両親はモネがお気に入りでフランスに行ったときには美術館めぐりしてたみたいですね。
それにしても綺麗。綺麗って言葉がピタリと来る感じですよね。でもそれでいて温かいっていうか・・・。
またしても長々とコメントしてしまいました(笑)
それではまた。

投稿: Ren | 2007年6月14日 (木) 21時49分

Renさんこんばんは。
パリに行く機会があったら是非オルセーとオランジュリーを訪ねてみてください。
オルセーは、モネの他にもドガやらシニャックやら綺麗な絵で満腹になります。
「睡蓮」に囲まれた部屋で有名なオランジュリーは、私が訪ねた時は残念ながら改修中で見ることは出来ませんでした。去年から公開が始まったようなので、いつかきっと行きたいと思っております。

投稿: 電気羊 | 2007年6月15日 (金) 00時09分

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