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2007年4月25日 (水)

■「ソ連に引導を渡した男」 エリツィン死去。歴史を振り返る。

Photo_85 ■ロシア初代大統領、ボリス・エリツィンがこの世を去った。
エリツィンはゴルバチョフと共に、時代を大きく転換させた男として歴史にその名を刻まれることだろう。

■あれは私が高校から大学に至る時代。平和な日本で、演劇に青春を燃やしたり、落第して途方に暮れたりしていた。そんな、あの日に横目で見ていたニュースが、すでに歴史となっている。あの頃、一体何が起きていたのか。今一度整理してみることにした。
<主にWikipediaを参照。間違いもあるかもしれません。>

■1985年 ・ゴルバチョフ、共産党書記長に就任、党人事刷新。
       ・レーガンと米ソ首脳会談。核軍縮交渉の加速。
Reagan_and_gorbachev_signing_1

■1986年  ・ペレストロイカ(体制改革)に着手。
        ・チェルノブイリ原発事故。
       ・グラスノスチ(情報公開)に着手。
       ・国営企業法制定。      

■1987年 ・中距離核戦力全廃条約(INF条約)成立。
       ・エリツィン、守旧派と対立、モスクワ市党第一書記
       解任。

■1988年 ・ゴルバチョフ、過去の政治批判。

■1989年 ・ゴルバチョフ中国訪問、中ソ対立に終止符 
       ・天安門事件発生
       ・ポーランド、ハンガリー非共産政権誕生
       ・ベルリンの壁崩壊、チェコ民主化革命
       ・ルーマニア、チャウシェスク政権崩壊。
3_2 

■1990年 ・ソ連、大統領制導入。シュワルナゼ外相、辞任。
       ・エリツィンがロシア共和国大統領に就任。離党宣言。
       ・東西ドイツ統一。
       ・ソ連は東欧の覇権を失い軍産複合体と守旧派が接近。

■1991年 ・バルト3国に軍事介入。
       ・ソ連軍死者発生により、国民によるゴルバチョフ退陣
        要求。
       ・ゴルバチョフ、エリツィン和解。
       ・各主権共和国による新連邦条約の準備が進む。
       ・調印前日、反改革派による【ソ連8月クーデター】発生。
        ゴルバチョフ軟禁。
       ・エリツィンロシア大統領、クーデターを違憲とし、戦車の
        上からロシア国民にゼネストを呼びかける。
       ・ロシア政府ビル前の市民10万人集結等、各地で市民
        によるデモ、ストが多発。クーデターは失敗。
       ・ゴルバチョフ辞任。ソ連共産党全面活動停止決定。
       ・ソ連を構成する各共和国が独立。
       ・12月、ソビエト連邦、消滅。
       ・エリツィン、ロシア連邦大統領に就任。
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■1992年 ・【ポスト冷戦】時代に入る。
       ・米との関係改善、第2次戦略兵器削減条約に調印。
       ・市場経済導入を目指し、議会と衝突。

■1993年 ・議会による大統領解任、
       大統領による議会の強制解体。
       ・反大統領派が立てこもる最高会議ビルを砲撃。
       ・大統領に強大な権限を持たせたロシア連邦憲法制定。

■1994年 ・ロシア連邦軍、チェチェン侵攻。

■1995年 ・エリツィン、大統領選で苦戦、辛くも再選。

■1996年 ・チェチェン休戦。
       ・チェチェン紛争により、推定10万人の市民と、
        2万人のロシア兵が死亡。

■1997年 ・チェチェンから撤退。

■1998年 ・ロシア金融危機。首相解任。
       ・KGB出身のプリマコフ首相着任。IMFに支援を要請、
        金融危機を沈静化させる。

■1999年 ・チェチェン紛争再燃。
       ・エリツィン側近グループを排除すべく汚職摘発に動いた
        プリマコフ首相、解任。
       ・元ロシア連邦保安庁(FSB、旧KGB)長官、
        ウラジミール・プーチンが首相に着任。
       ・12月31日、健康上の理由で、エリツィン大統領引退。
        後継に、プーチンを指名。

2_4 ■2000年 大統領選挙の圧倒的勝利により、
プーチンが正式に大統領となり、「強いロシア」の再建を標榜、実行に移し、現在に至る。

Photo_87 ■そして、2001年9月11日、アメリカ同時多発テロ、発生。
混迷を極めた【ポスト冷戦】の時代は終わり、我々は、新たな混迷の時代に突入しているのである。

■冷戦からポスト冷戦に至る激動の時代は、「歴史」という過去に刻まれ、エリツィンと共に静かに死んだ。

■だが、たとえブラウン管のこちら側からだとしても、その「歴史」というものを、自らの人生の一部として体験しているというのは、非常に不思議な感覚である。
何しろ、私が学んだ「歴史」というものは、常に、私の外にあったものだからだ。

さて、これからの40年。私は何を見るのか。
出来れば、今まで通り、日本というぬるま湯につかったまま、「テレビ越しの傍観者」でありたいのだが、そうも行くまい。
せめてムスメの世代が苦労をしない未来のために、傍観者からの脱却を試みたいところだが・・・

あー、この「ぬるま湯」の心地良さよ。
                    <2007.04.24. ゆでがえる記>

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