この論文集が文芸春秋に掲載されたのは1973年から74年であるのだが、今なおその鋭さは鈍ることは無く、そのことは日本人の物の考え方が根本のところではあまり変わっていないということを指し示しているのかもしれない。

■ある異常体験者の偏見
山本七平 著 文藝春秋 (1988/08)
■ここでいう異常体験とは、山本七平氏の砲兵としての従軍体験及びフィリピンでの俘虜体験のことを指し、異常体験をしたことで初めて分かることを敢えて「偏見」と呼んだ上で、再び日本が戦争、或いはそれ相当の異常事態に巻き込まれない為の警句としてこの本はある。
「資源の無いこの国が戦争を始めたところで長くは続かないことは分かっていた。」
当時の軍人を含む、多くの人がそういうのだが、
それでは何故「墜落」すると分かっていて「飛んだ」のか!
というワケである。
■結論からいえば、資源とか軍事力といった物理的な要素からなる「確定要素」からすればその不均衡は明白であるのにに対して、「民衆の燃えたぎるエネルギー」といった精神力を主とする「不確定要素」でそれを補うことで戦争に進んでいった、ということだ。
が、こう言うと簡単すぎてこの本の面白みが伝わらない。
■何しろ、「異常体験者」の「偏見」なのである。
そこで体験した苦しみは、直接向かい合うことが出来ず、笑い話にするか、飛びのくか、似たような体験をした他のひとに託して語るほかない、という。
そこまでの凄みを背景とした「論」がそう簡単に理解できてしまえるほど軽かろうはずはない。
それでもその「論」が少しづつでもアタマの中に入ってくるのは、物事を理性的に捉え、論理的に語ることに徹底する、その姿勢にある。
■そこにあるのは「思考停止」に対する徹底的な批判である。
そのキーワードが山本氏が作り出した「軍人的断言法」という概念だ。
一定の判断以外は全部消し去ってしまう、これを徹底的に実施する(日本の旧)軍隊においては、合理的な判断が狂ってしまって、明確な命令が無くとも、ある一定の行動に縛られてしまう。
いや、もちろん軍隊というものは極めて論理的、合理的組織で、それでなければ戦争などは出来ないのではあるが、そこに生まれる一種の「空気」、「ムード」といったものがあって、それが個人の思考をしばり、「王様は裸だ!」と叫ぶことを出来なくさせてしまうのである。
■それは何も旧軍だけの話ではない。
「精神が兵器に打ち勝つ」理論や主張や解説が積み上がり、その表現がエスカレートして、世の常識になっていく。
そう世の中を扇動したのは当時のマスコミであり、そういう論調になびき、好んだ民衆自身もまた、「空気」をつくりだした主体なのである。
■その日本人の思考方法は今に至るも変わっていない。
「編み上げ靴に足を合わせろ」、というのは旧軍の有名な話だが、「経済的目標に人間を合わせろ」と言葉を変え、1973年の当時は公害問題としてその矛盾が現れ、2009年の現代においても利益をひねり出すのに人間を搾るカタチとして生きのびている。
合理的に考えれば到底無理な目標を立てて、精神力或いはモチベーションなどというコトバで煽って補おうとする、それは戦前の日本と何が違うのか、という話だ。
■「日本人の思考は常に「可能か、不可能か」の探求と「是か、非か」という論議が区別できない。
是か非か、の議論の前に可能か、不可能かが現実の問題として検討されねばならず、不可能なことの是非を論じるのは時間の空費である。」
と、山本七平氏はいう。
■かつてNHKで放映されていた「プロジェクトX~挑戦者たち~」の登場人物たちが不可能を可能にしていくその姿にカタルシスを感じていた我々は、まさにその思考に捉われているのである。
それの何が悪い。
出来る出来ないの問題ではない。
ヤルのだ!
実に心地イイ考え方である。
■この本を読み終えた今でも、その心地良さを捨てきれない自分がある。確かに、諦めない心が一見不可能と思われていたことを可能にすることもある。
が、それが本当に自分の思考なのか。事実をもとに自分で考え抜いた上での結論なのか。実は周囲の「空気」に流されているだけではないのか。「集団ヒステリー」に巻き込まれているだけではないのか。
それを改めて自分自身に問うてみる。
それが自らを律する、
つまり「自律」というものなのではないだろうか。
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<2009.12.14 記>
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■ある異常体験者の偏見
山本七平 著 文藝春秋 (1988/08)
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