■【映画評】『ブラック・スワン』。美しき、ナタリー・ポートマンの完成。
ラストの「ブラック・スワン」の舞い。ナタリー・ポートマンの怒涛の演技に吸い込まれてしまうのであった。
●●● 名画座 『キネマ電気羊』 ●●●
No.46 『ブラック・スワン』
原題: Black Swan
監督: ダーレン・アロノフスキー 公開:2010年12月
出演: ナタリー・ポートマン
ヴァンサン・カッセル
ウィノナ・ライダー
■ストーリー■
『白鳥の湖』の主役に抜擢されたニナ(ナタリー・ポートマン)は優等生的なバレリーナであり「白鳥」を演じることは出来るのだが、それと同時に、相反する性格である邪悪で魅惑的な「黒鳥」をも演じ切ることを要求される。
「ブラック・スワン」へのプレッシャーのなかで次第に精神に異常をきたし、壊れていくニナ。
そして公演初日の幕があがる。
■■■ 以下、ネタバレ注意 ■■■
■何かを表現しようとする芸術家にとって、目指すべき「完璧」というものがあって、それをつかめるのであれば、この身がどうなろうとも・・・、というのがこの映画のテーマなのであろう。
それは永遠のテーマのひとつなのだが、それをサイコサスペンスという形で料理しているのが面白い。
事前の知識なしに見たのであるが、話が進んで行っても一体何を語ろうとする映画なのかが分からない。どこに連れていかれようとしているのか。その点が、まさにサスペンスなのである。
■前半での鏡の多用が効果的で、現実と非現実との小さなずれがそれとなく暗示されていく。
ニナはもともと不安定で、プレッシャーがかかると自らの背中を強くひっかいて傷をつける癖がある。これを見せるのもまた鏡である。
他人を見るのも鏡や、地下鉄の窓に映る姿であったりして、これもニナのシャイな性格を表していて、ニナという人間が住む世界像を見るものに強く印象付けることに成功している。
■それに加えて、ニナをとりまく人間たちの存在も暗示的だ。
彼女から無理にでも性的魅惑を引き出そうプレッシャーをかけるバレエ団の監督トマス(ヴァンサン・カッセル)。彼の存在は「白鳥」であるニナを「黒鳥」へと誘う、悪魔の位置づけ。
長年に渡って確保していたプリマドンナの座を奪われてしまうべス(ウィノナ・ライダー)は、頂点に立ったものが転落におびえる将来のニナの姿。
自分の果たせなかった夢を娘に託す過干渉な母親(バーバラ・ハーシー)は、繊細で傷つきやすく引きこもりがちなニナ自身。
ライバルで奔放な性格のリリー(ミラ・キュニス)は、ニナが求める「黒鳥」そのもの。
これらの存在が合わせ鏡のようにニナ自身を追い込んでいく。
公演初日にむけて現実と幻覚が交じり合い、加速し、ニナの混乱は頂点に達する。
■そして当日。
母親の制止を振り切り、劇場に急ぐニナであったが、本番を迎えてもニナは精神の不安定さを隠せない。
不安はリリーのカタチとなってニナの前に立ちはだかる。
ここにおいて、ニナは自分自身と対峙することになるのだ。
「リリー」を殺すことで、自らが「リリー」=「黒鳥」へと昇華するニナ。
その演技は神がかり的に妖艶で美しい。
■楽屋に戻ったニナは、リリーの死体をバスルームに隠すのだが、殺したはずのリリーが目の前に現れる。
混乱するニナ。
そして、鏡の欠片で刺したのは「白鳥」である自分自身であることを悟る。
このシーン。
自らを刺し、多分死んでしまうのだろうというという恐怖からくる涙が、演技を完成させようという決意に変わっていく、その表情。
このナタリー・ポートマンが素晴らしい!!
このシーンが成功することで初めて、ラストシーンが成立するのだ。
「完璧」を演じ切ることができたという至福の微笑。
その美しさは、ナタリー・ポートマン自身の「完成」でもあるのかもしれない。
<2012.01.29 記>
■STAFF■
監督 : ダーレン・アロノフスキー
脚本 : マーク・ヘイマン
アンドレス・ハインツ
ジョン・J・マクローリン
原案 : アンドレス・ハインツ
音楽 : クリント・マンセル
撮影 : マシュー・リバティーク
編集 : アンドリュー・ワイスブラム
■CAST■
ニナ・セイヤーズ : ナタリー・ポートマン
トマス・ルロイ : ヴァンサン・カッセル
リリー : ミラ・キュニス
エリカ・セイヤーズ : バーバラ・ハーシー
ベス・マッキンタイア : ウィノナ・ライダー
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