2017年1月17日 (火)

■【書評】『三流の維新 一流の江戸 「官賊」薩長も知らなかった驚きの「江戸システム」』 原田伊織、明治批判は良いのだけれど、いまいち見えない次世代に活きる江戸時代発の新しさ。

『明治維新という過ち』で話題をさらった原田伊織の新刊である。

趣旨は、明治維新以降に否定的に扱われている江戸時代こそ、あたらしい社会のカタチを模索する今後の世界が参考とすべき素晴らしい時代だった、というものだ。

面白い読み物であった。けど、どうも尻すぼみなんだよね。

■まず、著者は明治維新をおこした勤皇の志士たちはテロリスト集団であり、尊王の意識などまったくない連中だと断じる。

明治政府にしても、江戸時代の遺産によってやっと運営できたもので、連中のやったことといえば「王政復古」の号令のもと「廃仏毀釈」をすすめ、日本独自のものとして開花した仏教文化を破壊するなど、どこぞやのテロ国家と変わらんということを説く。

通読して思うのは、どうも一神教や共産主義のような排他的な一元的価値観に縛られたものが嫌いでしかたないのだな、ということだ。

結局、勤皇の志士たちの思想を源泉とする一元的価値観に支配されてしまった日本は、世界を敵にまわした戦争に突入し、この国を破滅に導いたという歴史観には、なるほどと膝をたたくものがある。

著者は、勤皇の志士や明治という時代をことさら美化する司馬遼太郎を敵視するが、その司馬遼太郎自身が日本軍という組織のなかで自らが苦しめられたその価値観と明治が連続するその矛盾を感じているのかもしれない。その意味でも正鵠を得た見方ともいえるだろう。

■そこはよい。だが、本論の江戸時代発の提案が希薄なのだ。

本書では乱暴狼藉が支配した戦国時代と対比させることで、「元和偃武」に始まる江戸時代がいかに平和で平穏な時代であったかを参考とした文書を羅列しながら説得力をもって説いていく。

江戸時代の街道はしっかりと整備され、一人旅も安全で、庶民も自由に旅に出ることが出来た。それは幕府の威信をかけたものであったこと。

人口分析からみると江戸時代の人口に変化がなく静的な社会という見方があるが、実は人の移動がダイナミックに行われた活力にあふれた社会であったということ。

鎖国は、外国人を拒絶する狭量な姿勢から生まれたものではなく、戦国時代に戦乱の中で生け捕りになった日本人を奴隷としてアジアに売りさばいたスペイン人、ポルトガル人たちを追い出し、同時に日本侵略の先兵として日本の既存の価値観を否定し破壊するキリスト教宣教師たちを排除する、その国防の観点から生まれた制度だということ。

このあたり、実に面白いし、勉強になる。

■けれども、だからどうなのか、という話なのだ。

原田伊織は明治を否定した。

一元的価値観という意味では戦後の資本主義社会も「合理」という意味で同じであり、そこに破綻が生まれているとしている。

だからこそ、感覚的な「中世」と合理的な「近代」の中間にある「近世」という世界でも独自の存在となる時代であり、250年の他に類を見ない平和を維持した「江戸時代」に一体なにを見、そこから引き出すのか、そこを語らなければ論理が収束しないのだ。

明治ダメ!ほら、江戸って素敵でしょ?

に留まってしまっては、単なる読み物に終わってしまう。

実際、江戸時代にポスト資本主義のヒントが隠れていると私自身思っているので、どうしてもそこを期待したくなってしまうのだ。

 
まあ、そこを差し引くとしても、今までの価値観をひっくり返すお話がいっぱい載っているので、それはそれで非常に魅力的なのは間違いなく、一読して損することはない。

 

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                    <2017.01.17 記>

■過去記事■
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2017年1月13日 (金)

■【社会】『この世界の片隅に』<祝>キネ旬ベストテン1位獲得!でもNHK以外スルーって。。。

昨年のアニメ映画では『君の名は。』が日本を席巻したが、その陰でほのぼのと咲いていた『この世界の片隅に』がキネマ旬報ベストテンの1位を獲得、『となりのトトロ』以来2度目の快挙なのだそうだ。

上映館も一気に拡大なのだそうで、この素晴らしい作品を一人でも多くの人に見て欲しいと心から願う次第である。

しかし、NHK以外のテレビでの『この世界の片隅に』の露出がきわめて少ないのは、何故だろう。

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■声優として主人公のすずを演じたのは、声優初挑戦の「のん」 さん。

実は『あまちゃん』で日本を元気にした能年玲奈さんなのである。

芸能ネタには疎いので、この映画を見た後に知ったのだけれど、所属事務所とのトラブルで干されてしまっているそうなのだ。

「能年玲奈」で仕事ができないので「のん」なのだそうで、能年玲奈は本名なのに意味不明なのだけれど、まあ、そういうことだ。

 

なるほど。。。

レプロエンターテイメントって事務所がどれだけの力をもっているのかは知らないけれども、飛ぶ鳥を落とす勢いの新垣結衣も所属しているようで、その神経を逆なでにしたくないとううテレビ業界の思惑が透けて見える。

くだらない。

実にくだらない。

■『この世界の片隅に』は、おっとりした性格の主人公すずが淡々と緩やかに生きていくその日常をていねいに描くことで、その後、急激に激しくなる爆撃の中で起きた残酷な悲劇、終戦のときに抱えた激情、そしてそこから「この世界の片隅」に生きていこうと彼女が思えるまでの物語りであって、すずの声優が鍵を握った映画であると言っても過言ではない。

能年玲奈なしで、この映画は成り立たないのだ。

これで、オスカーでも取ったらTV業界は掌を返したように、彼女をほめたたえるのだろうか?

 

まあ、そんなことはどうでもいいか。

ともかく、素晴らしい作品があって、それがちゃんと評価されるところでは評価される。

それにSNSや口コミで広がった評判で、上映館も拡大していっている。

やはりテレビの時代は終わりなのかもしれない。

<過去記事>
■【映画評】 『この世界の片隅に』。タンポポが、野にささやかに咲くように。 

Photo

                         <2017.01.13 記>

 

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2017年1月 9日 (月)

■【芸術】小説家という職業、うまくいかない人生に対する絶望、そして私は、

昨日の読売に、小説家同士の対談が載っていた。

そのなかで、

「小説家は最後の職業だ」

ということばがあって、それが印象的だった。

要するに、うまくいかない自分の人生に対するどうにもならない絶望があって、そこからの最後のあがきが小説家という仕事だというのだ。

■小説家には2種類あると思う。

ひとつは、例えば東野圭吾のように作品を量産できる、いわゆるストーリーテラー。

お話の世界観と登場人物から、自然と物語が立ち上がっていく。

なったことがないので想像に過ぎないが、売れっ子小説家のインタヴューなんかを総合すると、そんなイメージだ。

もうひとつは、今回の発言主の直木賞作家、葉室麟さんのような、魂を削って小説を生み出すタイプ。

たぶん、夏目漱石なんかは、こっちだと思うのだが、血反吐を吐きながら原稿用紙に向かい、己のなかのどうしようもないもの、認めたくないものを外在化することで、その救済をおこなうような、そして読む者はその見える形になった救済の物語りに魂を震わす、そういう作家だ。

想像するだけで恐ろしい生業である。

■2年前のことである。

わたしは深い絶望のなかにいた。

死にたいと思った。

仕事は順調で、仲間にも恵まれ、必要ともされていたし、

家族はあたたかく、

そこそこ豊かな暮らしを楽しんでいた。

けれど、こころのなかに自分でもわけの分からない、どうしようもないものがあって、

恥ずかしいことだけれど、大学の同期の連中と飲んでいるときに、死にたいとつぶやいてしまった。

■大丈夫だよ、と心配してくれる優しい仲間のなかで、ひとり鋭く切り込んでくるやつがいた。

 

いまの自分に納得がいかないんだろ。

やりたいことがあるんだろ。

文章、書けばいいじゃん。

 

そいつは大学で研究をしてる男で、昔から、かっこよくて、運動もできて、女子にもてもてで、でも、べろんべろんに酔っぱらうのが大好きな、素敵なやつなんだけど、そいつが、ちゃんと俺の目をまっすぐ見てそう言ってくれたのだ。

ありがたかった。

救われた気がした。

■それから、すぐ会社をやめて、なんてことはしなかったけど、哲学者の私塾に少し通ってみたり、自分なりの幸福論についてまとめてみたり、次の人生に向かって少しだけでもなにか準備をしていると、なんだかほんのり明るいものが見えてきた。

そうすると不思議なもので、シナリオのプロットらしきものがいくつか頭に降りてきて、なんとなく書き留めていたら、去年の夏の盛りに、ちょうどそれにあったシナリオコンテストが目に留まり、それに向けて一本だけ書いてみた。

そんな急ごしらえのシナリオが入選するはずもないのだけれど、実際に書いて世の中に対してチャレンジしてみたということは、「おまえは風呂屋の桶だ、ゆうばっかりだ」とおやじにからかわれてきた身からすれば、大きな一歩だと思うし、自信にもなった。

引き続きこのブログで、書くことで生まれる新しい発見を味わいながら、今年からしっかりシナリオの勉強を始めようと思う。

小説も気になるし、その構想もなくはないのだけれど、この胸の奥にどろりとたまった黒い澱は、もう少しそっとしておこうと思う。今はまだ、大人しくしてくれているから、無理に引っ張り出して棒切れで突く必要はないだろう。

年が明けて数え50になる。いい区切りだと思う。

少し遅くなったが、新年の抱負ということで。

 

                        <2017.1.9記>

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2017年1月 8日 (日)

■【社会】NHKスペシャル『ばっちゃん ~子どもたちが立ち直る居場所~』 さあ、遠慮せず食べんさい。

久しぶりに地に足の着いた、いいドキュメンタリーを見た。

非行に走る孤独な子供たちに寄り添う、おばあちゃんのお話なのだけれども、どの子供にとっても大切なことはあって、それが何かというヒントを与えてくれる。いや、ちゃんとした親になり切れない僕らにとっての癒しにもなる。そういう作品だ。

N
NHKスペシャル ばっちゃん ~子どもたちが立ち直る居場所~
【放送】2017年1月7日(土) 午後9時00分~9時49分
【再放送】2017年1月14日(土)午前0時10分~0時59分(13日深夜)

■万引き、かつあげ、売春。

お腹がへってるときに考えることちゅうたら、それしかない。

いままで何十年も子供たちにご飯を食べさせてあげさせてきた中本さんはそう言い切る。

そうやって300人もの子供たちと関わってきた。

みんな、親にまともに面倒を見てもらえず、お腹をすかせた子供たちである。

あたたかいごはんを食べて、安心する。

そんな当たり前のことが、ない。

あたたかいごはんは家庭そのもの。その代わりを中本さんはつとめてきたのだ。

■けれど、みんながみんなすぐに悪さをやめるかと言えば、そういうことはない。時間のかかる子もおる、と中本さん。

実際、小学生のころから’ばっちゃん’のもとに通い続けた少年は、結局14歳で少年院へ行き、1年以上をそこで過ごした。

出所した少年は環境を変えさせたいという親の希望で(やっかいばらいなのかはわからないが)、ばっちゃんのいる広島から、遠く離れた土地へ移され、そこで16歳の身で自立しなければならなくなる。

その少年の心の支えは、やはり、ばっちゃんだ。

ばっちゃんは、怒るけれども、見捨てはしない。

少年はそのことをちゃんとわかっている。

だから安心して、落ち着いて、自分の未来を思い描くこともできるまでになった。

■一人暮らしの部屋。ディレクターの前で少年がいう。

昔は、ばっちゃんのところは食堂だと思ってた。

お腹がすいたら、ばっちゃんのところにいけばごはんが食べられる。ただそれだけ、ということだ。

子供たちに感謝されるのがうれしいんですか?と問われて、ばっちゃんも言う。

沼に石を投げたって、ぼちゃんって答えるのに、こどもらは何をしてあげたって返事もしない。

何か言え!って言ったら、

なんて言っていいかわからない。

ありがとう、くらい言え、というと

ありがとうって言えばいいの?って、どうしようもないだろ?

■生まれたときから’家庭’を知らずに育った子供は、何もわからないのだ。

だから、あたたかいごはんを準備して、

それが分かるまで、いや、それが分からなくたって、待っている。

それは母親の姿そのものだ。

そして、かつては「ばっちゃんの家は食堂だ」と思っていたと言った少年は、今では、ばっちゃんのところが、’自分の家’なんだと、居てもいい場所なんだと分かっていて、もう、この子は安心だな、という気にさせられる。

■何もいいこともない、つらいばっかりだという中本さんにディレクターが聞く。

なぜ続けられるんですか?

そう、何度も同じことを問われた中本さんはこう答える。

 
こどもに面と向かって、助けて!って言われたことのない人にはわからんかも知らんね。

 
その深いことばを聞きながら、 

自分の目の前で、ガラの悪そうな見知らぬこどもが助けを求めてきたときに、わたしはどうするんだろう。

なんてことを考えたときに、

その場にならないとよくわからないけれども、少なくとも自分のこどもには、あたたかい居場所があるようにしてあげよう。

と逃げてしまう自分の愛の器の小ささに驚きつつも、

まあいいか、と変に開き直り、

少し落ち着いた気分になるのであった。

                    <2017.01.08 記>

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■【予告】『エイリアン:コヴェナント』。プロメテウスの続編が9月に公開!

映画『エイリアン』の前日譚である『プロメテウス』の続編が公開される。

Title

予告を見る限り、プロメテウスのラストでエンジニアたちの星に向かったエリザベスの話ではなく、悪夢の星LV-223にまた新たな犠牲者たちが訪れる筋書きのようである。

フェイスハガーもビッグチャップも出てくるようだけど、どうやってエッグができたのかとか、それ以外に出てくる生物兵器(?)との関係とか、いろいろ気になるところ。

エンジニアの星の話は、新しいエイリアン3以降につながるのかとか、そこでエリザベスの再登場なのかとか、妄想は尽きない。

タイトルのコヴェナント(Covenant)の意味は契約で、The Covenantとなると「神とイスラエルの民との聖約」の意。

エンジニアとわれわれ人類の関係からすると、これはとても意味深なタイトルだ。

まあ、単にLV-223に降りてきた探検隊がエイリアンに襲われるだけだったら『エイリアン』の焼き直し(LV-426だが)になっちゃうので、予想外の展開が待ち構えているはずで、座席から飛び上がるような驚きを期待しよう。

監督は引き続きリドリー・スコット。

アメリカ公開は5月で、日本公開は9月の予定。

おーい、同時公開してくれよ!待ちきれないよ!

<予告>

<記事>
【プロメテウス】新たなる物語の序章。


【DVD】プロメテウス

【DVD】プロメテウス+エイリアンシリーズBOXセット

                      <2017.01.08 記>

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■【映画評】わたしの魂に刻み込まれた映画BEST10

眠れぬ夜、Amazonを徘徊していて、ああ、この映画懐かしいななんて感慨にふけっていたら、よし、BEST10でも作ってみるかと思い立った次第。

 

■第10位 『ウンタマギルー』 1989年

監督: 高嶺剛  主演: 小林薫、戸川純

現代とおとぎばなしの境目の時代、幻想とエロス漂う、運玉の森の義賊ギルーの物語り。

PARCOの時代である。ファッションは文化ときわめて密接に寄り添っていた。

そんなスノッブな感覚をぶち破り、わたしの知らない沖縄の奥底にただよう魂に触れたような、そんな映画であった。

誤解を覚悟で言うならば、沖縄は日本ではない。

けれど、だからこそ愛すべきものなのだと、そう思う。

DVDはいまだに発売されない。もう見られないのかね。

戸川純のチルーにもう一度会いたい、、、、

 

■第9位 『ミツバチのささやき』 

      1973年スペイン公開 1985日本公開

      監督: ビクトル・エリセ 主演: アナ・トレント

内戦終結後のスペイン。村にやってきたフランケンシュタインの映画を見たそのあとに、少女アナは、廃墟で傷ついた兵士に出合う。

ヨーロッパ映画は旅である。

いや、映画はすべて体験という意味で旅になぞらえることができるのだけれど、ヨーロッパ映画には、その国の空気とか匂いとか、そういうものがゆったりと流れていて、本当の意味で旅に来た感覚に陥るのである。

シネ・ヴィヴァン六本木っていう空間は、そこに文化的スパイスを振りかけてくれたのかもしれない。

アナ・トレントの瞳がとてもかわいい。

 

■第8位 『田園に死す』 1974年

      監督:寺山修司 

「これは私の記録である」。寺山修司の歌集をベースとした演劇的、自伝的作品。

寺山修司の本に出合ったのは高校時代。

若い世代を煽るその背後に常にもの悲しさがあって、そこに惹かれていた。

天井桟敷の舞台を体験することができなかったのが残念でたまらなかったが、この映画を小さな小屋で見ていると、なにかその空気を味わえたような気がして、かなり高揚した気分になったのを覚えている。

かつて日本にはATG(日本アート・シアター・ギルド)という映画会社があって、反商業主義の芸術作品を世に生み出してきた。ATGっていうだけで、なんか俺ってゲージュツ的って気分に満たされたのものなのである。

 

■第7位 『ニューシネマパラダイス』 1988年イタリア

       監督: ジュセッペ・トルナトーレ

第二次大戦中のシチリアではじまる、映写技師のアルフレードと映画館で育った少年トトの成長を、大人になり、映画監督として成功したトト自身の回想で描く。

エンニオ・モリコーネの音楽にのせて、映画への愛情のこもった映像で描きあげる。

そこで人生と映画は重なり合い、思い出は暗い映画館の中で銀幕に浮かぶ陰影となる。

シネスイッチ銀座でこの映画を見た当時、わたしは大学生であったが、いま見るとまた違った感慨を得られるだろう。

ちなみに、ディレクターズカット(完全オリジナル版)はクズなので見てはいけない。

延々と年老いたものの業を垂れながす地獄につき合わされ、美しい記憶はすべて台無しにされるからだ。

プロデューサというものが、いかに作品としての映画に大切な存在なのかを知る好例である。

 

■第6位 『惑星ソラリス』  1972年 ソ連  

      監督: アンドレイ・タルコフスキー

海の惑星ソラリスの宇宙ステーションからの通信が途絶えた。調査に向かった心理学者がそこで見たものとは。

静かで、美しくて、それゆえに人間の心の奥にあるものが、恐ろしくも、切なく悲しく、浮かび上がる映画である。

スタニスワフ・レムの名作SFの映画化作品だが、その、まったく人間とことなる体系に属する知生体との深淵な物語を、詩的な世界へと昇華させている傑作だと思う。

監督はソ連の巨匠アンドレイ・タルコフスキー。

この人の映画を見るには強い精神力が必要だ。

『ソラリス』はまだ耐えられるが、『ストーカー』ではかなり厳しく、『ノスタルジア』は絶対に抵抗不能。

絶対に寝てしまう。

キューブリックの『2001年宇宙の旅』、ヴィスコンティの『ベニスに死す』をはるかに超える催眠映画だと言えば想像がつくだろうか。

<記事>
【惑星ソラリス】。胸を締め付ける望郷の想い。

 

■第5位 『ライトスタッフ』 1983年 アメリカ

       監督: フィリップ・カウフマン

人間を宇宙に送り出すマーキュリー計画に選ばれたライトスタッフ(正しい素質) を有する宇宙飛行士たち、その一方で、そこに選ばれなかった敏腕テストパイロット、チャック・イェーガーは実験機での超音速、高高度記録を狙い続ける、その挑戦する男たちの熱い物語。

高校時代は戦闘機が大好きで、とくにF-104が好きだったから、イェーガーが銀色に輝くNF-104で高高度に挑戦する姿にはもうシビレまくっていた。

航空機ファンにとどまらず、少年のこころを持つものにはたまらない、あまりにもかっこよすぎる映画である。

ああ、いつかスミソニアンへ。

 

■第4位 『野獣死すべし』 1980年

       監督: 村川透 主演: 松田優作

頭脳明晰でクラッシック音楽を愛する物静かな青年は、実は連続強盗犯であった。彼に惹かれていた女は、偶然その犯行現場に居合わせるのだが。

この映画は、終盤のリップ・ヴァン・ウィンクルのシーンに尽きる。

強盗犯(松田優作)を追った刑事(室田日出男)が、夜行列車のボックス席で男に拳銃を突きつけられるシーンだ。

強盗犯の男は外信部の記者で、幾多の地獄の戦場を目の当たりにしたために、狂気の世界に入り込んでしまっている。

その男が刑事に突きつけた銃でロシアンルーレットをやりながら語り掛ける。

リップ・バン・ウインクルの話って知ってます?

いい名前でしょ・・・リップ・バン・ウインクル。

彼がね、山へ狩りに行ったんですよ。山へ狩りに・・・

松田優作は、狂気をそのうちに秘めた俳優であった。

それは、『太陽にほえろ!』のジーパンの「なんじゃこりゃ!」の記憶から始まるのだが、続く『探偵物語』での魅力も、その狂気による部分が多かったのだと思う。

遺作となった『ブラックレイン』では、その狂気は触れば切れる日本刀のように研ぎ澄まされたものとなっていた。

こういう俳優は、もう二度と出てこないのではないだろうか。

永遠に語り継がれるべき俳優である。

 

■第3位 『エイリアン』 1979年アメリカ

       監督: リドリー・スコット 主演: シガニー・ウィーバー

宇宙貨物船ノストロモ号は救難信号をキャッチし、ある惑星に降り立つ。そこには巨大で異様な異星人の建造物があり、そこに産み付けられた卵状のものに顔を近づけた乗組員は、、、、

光と闇。雨と霧。

リドリー・スコットの世界は常にその幻想的美しさに包まれている。だが、それは暖かいものではなく、常に何らかの緊張感をはらんでいて、それがドラマに奥深さを与えているのだ。

わたしはリドリー・スコットの世界が大好きだ。

キネマ電気羊の名前でわかる方もいるかと思うが、高校時代に「思索」というものを教えてくれたSF作家のP・K・ディックが好きで、彼の『アンドロイドは電気羊の夢を見るのか?』を原作とした『ブレードランナー』を挙げたいところなのだけれども、その原作と、シド・ミードのデザインを持っていしても、決して『エイリアン』を超えることはできない。

高倉健と松田優作の『ブラックレイン』も捨てがたいが、やはりどうしても『エイリアン』なのだ。

それほどの完成度を『エイリアン』は持っている。

細部まで凝りに凝った設定と、次から次へと予想を超えて展開するプロットと、何度も見てそれが分かっていてもびっくりしてしまう演出と、それに応えるシガニーたち役者の演技、リドリーの魔術的な映像と不安をあおる音楽。

しかし、それだけでは最高のSFホラーであって、『エイリアン』が唯一無二の作品である所以は、H・R・ギーガーの作り出した悪夢世界にある。

ビッグチャップは最も完成された生命体とされているが、ぞの造形美はほかの追従を許さない。

というわけで、わたしの部屋には何体ものビッグチャップのフィギュアが並んでいて、女房と娘の眉をひそませるのである。

<記事>
【エイリアン】観る者の心をつかんで離さない、認知を超えた悪夢。

 

■第2位 『サンタ・サングレ/聖なる血』 

      1989年イタリア・メキシコ

       監督: アレハンドロ・ホドロフスキー

サーカスの団長の妻は、夫の浮気をなじったのを逆上され、ナイフでその両腕を切り落とされる。その息子は、それ以来、母親の両腕の代わりとなって生きていくのだが、彼が青年となったとき、そのまわりに近づく女性が次々と殺されるようになり。。。。

この映画のテーマは魂の救済だ。

美しく、それでいてわかりやすく、力強い、その救済のシーンほどの解放感を他に知らない。

アレハンドロ・ホドロフスキーは『エル・トポ』とか、『ホーリー・マウンテン』とか、わけの分からない強烈な映画を撮る作家だが、ストーリーがあるこの作品においても、その意味不明な映像の持つ力は健在で、至る所にちりばめられた象徴が、ラストシーンで一気に昇華される構図となっている。

結局、大切なのはストーリーそのものではなくて、そこから受ける印象なのだ。それが観る者の体験となり、没入した感覚がどう動くのか、どう動かせるのか、それが映画の肝なのだと思う。

『サンタ・サングレ』は、その意味で最高の体験を与えてくれる。

だが、とても残念なのは、この作品のマイナーさだ。

ネットで検索しても、Wikiの次の2番目に、この弱小ブログの記事が出てくるほどで、ほとんどの人がこの映画の存在を知らないのだ。

とても衝撃的で刺激が強い作品なのだけれども、映画好きの人には是非一度は見てもらいたい映画なのである。

<記事>
【サンタ・サングレ/聖なる血】心を揺さぶる魂の解放。

 

■第1位 『生きる』 1952年 監督: 黒澤明 主演: 志村喬

風采の上がらぬ市役所の課長がガンを宣告され、人生を取り戻そうとする物語。

死を目の前に突き付けられた志村喬の迫力に圧倒される作品である。

特に、いまだにいろいろなドラマなどでオマージュとしてなぞられる「ハッピーバースデー」のシーンには魂を根本から揺さぶられる。

「生きる」とはどういうことなのか。

わたしは本当の意味で生きていなかった、などと人は簡単に口にするけれども、本当に生きる、本当に生きているってどういうことなのだろうか。

この作品は前半に主人公の生きた姿を、後半に彼が亡くなった後の葬儀の場で彼についてまわりの人たちが語る姿を描くのだけれども、その構成に、黒澤明がつかんだ答えがあるのかもしれない。

いずれにしても、人生の節目に何度も見返したい作品である。

<記事>
■【 生きる 】。「無音」の迫力。「映画」とは「体験」なのだ。

 

 

■【結論】10本じゃ無理。。。。

『ブルース・ブラザーズ』も、『天使にラブ・ソングを・・・』も、『黒いオルフェ』も、『炎のランナー』も、『地獄の黙示録』も、『羊たちの沈黙』も、『ローマの休日』も、『雨の訪問者』も、『竜二』も、『野生の証明』も、『麻雀放浪記』も、『蒲田行進曲』も、『ゆきゆきて神軍』も、『サイン』も、『パンズ・ラビリンス』も、『マッドマックス 怒りのデスロード』も、『トレマーズ』も、『アンドロメダ・・・』も、『ガメラ3』も、『ブルークリスマス』も、『ジーザス・クライスト=スーパースター』も、『やぶにらみの暴君』も、うーん、次から次へと大切な映画が湧いてくる。

今度はちゃんとテーマを決めようかと思う。

名画座と名乗るからには、かつての文芸坐のように、○○特集なんて銘打って企画記事でも書いてみますかね。

                       <2017.01.08記>

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